「強制トレーニングは言語道断!」
これはド正論だけど、別のド正論を言えば、愛犬を捕まえて抱き上げることは強制だし、散歩から帰って足を拭くのは強制だし、爪切りもシャンプーも耳掃除も歯みがきも、自発行動としてみられないならそれは全部強制になります。
強制を廃したいなら「強制とは何か?」を知らなくちゃいけないし、正の強化を理解したいなら他の原理を理解しないといけません。
なぜなら、体罰訓練も最後は正の強化によって強化しますからね。
なので、あげ足取りのド正論を言えば
「私は正の強化によるトレーニングを行っています」は、=NO体罰ではありません。
でも、「私は正の強化によるトレーニング『しか』行いません」これならNO体罰です。
なぜなら、体罰は正の弱化トレーニングだから。
ドッグトレーニング方法のひとつ、シェイピング法は、生起頻度の低い行動を、その行動に近く生起頻度の高い行動を強化、後に消去を繰り返しながら目的の行動に近づけていく、つまり正の強化のみで行われるトレーニング方法です。
逆に、無理強い・体罰訓練(強制訓練)は、対象者(犬)に嫌子を与えることで逃避行動を起こさせ、起こった逃避行動を正の強化により行動の生起頻度を高める方法です。
ほら。両者共に帰結するところは正の強化なんですよ。
加えて説明すると、逃避行動は学習によって回避行動になりますが、回避行動は通常、回避行動を起こす刺激の提示によって起こる(音・光・状況など)ので、刺激の提示が無いとその行動は起こりません。(刺激性抑制)
例: トレーナーがいるときは言うこときくけど、いないときかない。
リードが付いてる時は言うこときくけど、ノーリードではきかない。
また、回避行動が人間の求めている行動になるとは限りません。
例: 犬が噛みつくから棒で叩く
人が求める回避行動→噛むと叩かれるから服従する。
予想外の回避行動→叩かれるから叩かれる前に噛む。叩いてくる相手を排除する。
だから、正の強化だけ知ってても、他の原理の理解ができていなければ、無自覚に強制トレーニングを行っている場合があるわけです。
ところで、そもそも強制って何でしょう?
強制は悪でしょうか?
それはまた、思い出したら書くことにします。